境界を渡って、次の境界に納まるという
この点についてはいつだって不可思議なことであったし、そもそもなぜ、
おぱんつを履くことさえおぼつかなかったかつての幼いままの私自身が、世も
甘も辛も嬉も喜も自身さえ知らぬようなヒヨッコの私自身が、さあその境界を
越えてゆこうと想い決意したのかさえ、できたのかさえ、今でも記憶はあやふやで
あるし、私の人生のなかで在ったとても不思議なことの代表的なひとつでもある。
そしてあの日、実家のあるあの育った街の大通り沿いに、ぬめっと建つ古い市役所の
鼻を衝くようなカビ臭いエレベーターに乗ったあの日。自身の戸籍の性別欄と備考に
「矢印」がついて性別が正式書類上変わったあの日に、たしかに私は性別という
ひとつの境界を渡りきったのだ。
渡りきって、次の境界に納まった。
私が書面上も女性となって、女性という境界に納まってまもなく
10年の時が過ぎようとしている。
このことを知るのは私の両親と親戚、パートナーと、これを読むあなただけ。
10年が経つから・・・というわけではないのだけれども、
渡りは永久に終わらないわけであるし、
このひとつひとつの雑談が誰かかしらのお役に立つことを祈りつつ
はじめの記しとしたい。